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社長の独り言

フランスで我が先祖の魂(大砲)と再会

2010年10月

2010年10月末、スエーデンに出張した折り2日間パリに滞在した。その目的は先祖の魂(大砲)と再会するためだった。数ヶ月前に大砲の歴史を研究している方から、幕末に増田安次郎(当家の三代目)が製造に拘わった大砲がパリにあるという衝撃的な話を聞き、是が非でも確認したいという思いで訪仏した。

 この大砲は1863年に長州藩が馬関海峡(現関門海峡)を航行する米仏蘭の黒船を砲撃した事件(下関戦争)の際、敗北した長州藩の大砲を戦利品として英仏蘭軍が持ち去ったもので、そのうちの1門がフランスはパリのアンバリッド軍事博物館にあるというのだ。

 地下鉄Varenne駅で降りると目の前がアンバリッド軍事博物館。正面玄関に回り込むと前庭に数十門の大砲が展示されている。吸い寄せられるように近づくと、なんと、そこにあった。長州藩の家紋がくっきり!「十八封度砲 嘉永七年春於江都葛飾別処墅鋳之」と刻印されている。嘉永7年(1854)、増田安次郎が幕府の大砲鋳造所指南役をしていた際、当時の砲術奉行だった高島秋帆の指示で、長州藩の鋳物師 郡司喜平次に指導して造り上げた大砲だ。

隣に置かれているヨーロッパ製の大型砲には及ばないものの、当時の先端技術を見よう見まねで作り上げたことの意味は大きく、そのチャレンジ精神は今後も受け継いでいきたいものだ。

日本国内には現存しない実物が、遙か地球の裏側に存在していたとは、まさに歴史のなせる技としか言いようがない。先祖の魂に触れることができた、そんな気持ちになれた旅だった。I shall return…近い将来、再びこの地を訪れることを心に誓った。


軍事博物館前よりエッフェル塔を望む
18ポンドカノン砲
左から2番目。嘉永7年、今から156年前に増田安次郎指導の元に製造された18ポンドカノン砲

156年ぶりの対面、とても愛しく思えた

長州藩の家紋がくっきり!

 この18ポンドカノン砲については、大砲の歴史ページをご覧下さい。