社長(増田)がジャンルにとらわれず不定期に更新していきます

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社長の独り言

ホノルルマラソンに挑戦!

2010年12月

 今年の目標であったフルマラソンへの挑戦の日がやってきた。ここはハワイ、ホノルルマラソン。時差が5時間あるので、多少の時差ボケを克服すべく3日前に現地入りした。とにかくフルマラソンは未経験、要領がつかめず少し緊張している自分を感じている。

13日(日) 午前2時半起床、気温21度、快晴、今回の参加者は2万3000人(内日本人は1万3500人)。サンドイッチを一つ腹に入れ準備に取り掛かる。
3時半、ホテルを出ると大会の参加者や関係者で人、人、人。2キロ先のホノルル公園まで迷うこともなく辿り着く。5時のスタートが近づくにつれ周囲の参加者の盛り上がりもあり、興奮と若干の緊張のため落ち着かなくなる。女房殿も同様だ。
  いよいよ5時、夜空に美しく咲いた打ち上げ花火と共に、まずは招待選手や走りに自信のある集団がスタート。それから10分ほどして我ら5~6時間組が出走。スタート地点ではキューちゃんこと高橋尚子が見送ってくれた。今回は夫婦での参加だが「自分のペースで走ろう」ということで、1キロくらいまではすぐ後ろにいた女房殿も10分くらいすると早くも見失った。(近くにいたとしても、よほど奇抜なカッコをしてないと識別不能)アロハタワーでUターンし、ダウンタウンを抜けワイキキ通りを通過。ここで約8Km。ゴール地点のカピオラニ公園を横眼で見ながら、果たしてここに帰り着けるだろうかと不安がよぎる。



ダイヤモンドヘッドを登りはじめた頃に空が白み始め、水平線がくっきりと認識できるようになり、次第に朝日で海が赤みを帯びる。例えようもなく美しい風景を見ながらだからか、走りも快調。ここでほぼ10Km。ときどき給水を取りながら中間地点の13マイル(21Km)は順調に通過。
5時間切るのも夢ではないかもと思いながら走っていたが、この辺りでふくらはぎの筋肉が小刻みに痙攣を起こした。無理すると攣(つ)ってしまうので、一旦止まりストレッチとマッサージでほぐす。それで15分ほどは走れるがまた再び …。この繰り返し。

30Km近くなると急に空腹感に襲われたが、よくしたものでこの辺りからチョコケーキやバナナが振る舞われる …なんと美味かったことか。“Good job!” “ガンバレ!”の声援が身にしみる。Uターン地点のマウナルアベイ公園(27キロ)を過ぎた頃から疲労感が強くなり、ときどき歩くようになる。

歩いたら5時間を切るのは無理だから頑張ろう!と思いながらも、周りの人が皆歩いていると誘惑に負ける。ワイアエラ公園(35キロ)付近は高級住宅街。この頃は全身に疲労を感じ歩くことも多くなり、6時間を切るのも無理かとさえ感じた。38キロ地点に差しかかった頃 “ここで走れば6時間切れるから頑張れ!”と日本人男性が声を枯らして懸命に声援を送ってくれた!何度も何度も、あらん限りの声を張り上げての応援に心を打たれた。

そうだ頑張ろう!と思い直し重い足を送り始めたが、それでもまた足が止まる。また走る。最後の2キロが一番苦しかったが、その中でもゴールまでの300メートルが最も辛かった。見えているのになかなか近づいてこないゴール。手足が痺れてくるのを感じながらの、やっとの思いで掴んだゴール。(5時間54分46秒)やったぞーっ!!と大声で叫びたい気分もあったが、そこまでの元気は残ってない。 今年の目標であった2000キロ走破とフルマラソン完走を叶えることができたことに、一人青空を見上げ“やった!”と小さく呟いた。
どこかで聞いたセリフだが、今日は自分を褒めてあげたくなった。。。(笑)
女房殿は私に遅れること2時間、美しい南国の景色を堪能しながら走って遅くなったらしい。とにかく二人で無事に目標を達成できたことが何より嬉しい。
ちなみに今年は結婚30周年、その記念旅行をホノルルマラソンにしたのでありました。

【感想】
今まで10キロとハーフを何度か経験してきたが、終わってみるとどちらも大変さは同じだった。今回フルマラソンをやってみて、やはり大変さとしては同様だった。そんなわけで、これならスーパーマラソン(100キロ)も夢ではないような気がした。来年とは言わないが、2012年頃に挑戦してみたいものだ。