社長(増田)がジャンルにとらわれず不定期に更新していきます

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社長の独り言

7月30日、毎年恒例の御嶽山登山

2014年7月

 前日から6合目付近の民宿に宿泊していたが、朝目覚めると快晴。山鳥のさえずりと森林浴、そして山中から聞こえるせせらぎに思わず大きく深呼吸。都会の喧騒と猛暑とは別世界。多少肌寒さを感じる気温であったが、かくも爽やかな朝は久しく記憶にない。ゆえに本日の登山は快適にできるものと信じて疑わなかった。
7時に7合目を目指し車でスタート、しかし5分もすると天気は急変。雲と霧が早足に近づいてきたかと思うと、間もなく視界を阻み雨粒も落ちてきた。
30分ほど走り、見慣れた7合目に到着した時には視界も20mほどになっており、目指す山頂は雲に覆われまったく見えない。先行き大いに不安を感じながらも、途中の天候回復を信じスタートした。(スタートせざるを得なかったというのが正直なところ)

 普通のコンディションであれば往復5~6時間の道程だが、今日はそう簡単にはいかないことを覚悟してのスタート。今年は娘の家族4人と女房殿の計6人。幸いにも上りの7割方は雨もさほど強くなかったので助かったが、それでも慣れない娘の家族にはきつかったようだ。4時間ほどかけて、無事頂上の山小屋についたが、我々の目指す場所は更にその先の頂上奥社。山小屋で一息ついた後、頂上奥社を目指し尾根づたいを歩きはじめると、カッパを叩きつけるような風雨と寒さに襲われた。視界も10mほどになり危険と判断、この時点で娘家族は手前の山小屋に引き返させることにした。女房殿と私は悪条件の中を前進。小一時間かかりやっとの思いで頂上奥社に到着。ご祈祷をしていただき無事目的を達した。御嶽山のご神体である白河権現像は1850代に二代目増田安次郎が奉納したものだ。
4年前の登山記にも書いたが・・ご奉納した銅像は数年かけて川口で作り、甲州街道を荷馬車で下り、300人の剛力が3ヶ月かけて山頂に引き上げたと伝え聞いている。いやはや今の金に換算したらいくらかかる事業なのか。大砲を作っていた幕末当時は途方もない財力があったらしい。


白河権現像

雲に覆われる御嶽山

やっと登頂!