社長(増田)がジャンルにとらわれず不定期に更新していきます

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社長の独り言

99Km奥多摩周遊エコマラソン完走!

2011年8月


まだ真っ暗な青梅市街


こんなにきつい坂!


川沿いの昔道、気分最高!


奥多摩周遊道路 標高1200m


23時間ぶりの青梅駅


ビールが超美味だった!

7月23日Am4時、青梅駅前に70数名のランナーが集結、まだ暗い。4時半過ぎて簡単なコース説明があった。 ウルトラマラソンにいかにも慣れていそうな人が多いが、リックに2リットル程度の飲み物をしょっている人がいると思えば、ウエストポーチ一つの人もいて、正直何をどのくらい持って走ればよいのか不安になる。ランナーの平均年齢は40台半ばくらいか。60才過ぎた方もいるので少し安心したのも束の間、実はその方々200Km、300Kmマラソン経験者だった。まさにつわもの達だ。5時、いよいよスタート。走り始めるなり上り坂が続く。地図にはハイキングコースと書いてあったが、そんななま優しいものではなく、登山道と言ったほうが適切だ。とにかくアップダウンがきつく初めの10Kmに2時間以上かかってしまい、気づくと早々単独行動となった。やはりつわもの達は速い。今回のコースは裏道というか、「昔道」と呼ばれる狭くアップダウンのきついコースが設定されている。コースは前半の6割が上り坂で、60Km付近の標高は1200mもあるという。3Kg近い荷物を背負っているせいか、上り坂は歩くことが多くなる。この大会の制限時間は24時間で、着順の公表や表彰はなく、コースも事前に送られた2万分の一の地図10枚に点線で示されているだけで、途中の誘導や表示等一切ない。全て自己責任で走れということだ。途中4ヶ所程にエイド(中継地点)があり飲み物と食べ物を貰えるが、うっかりしてると見逃してしまう。

途中2~3度もうだめか、リタイアしようかと思った。その第一関門は奥多摩周遊道路(45~65km地点)だった。10時間ほど休みなくひたすら走歩したせいか、疲労で頭がもうろうとして足の痛みもピークになりなかなか進めなくなった。仕方なく30分ほど横になったが、これでかなり回復、再び前進。70~90キロの区間は陽が沈み真っ暗になった山道を一人走歩し続けた。初めはとても心細かったし、廃屋の前を通過するときなどとても不気味だったがすぐに慣れた。何台かの車が通り過ぎたが、すれ違う人は一人もいない。懐中電灯を手にただひたすら檜原街道を五日市方面目指して歩く。この頃は足にできたマメのせいでほとんど走ることはできなくなった。90キロ地点の五日市駅に、やっとの思いで着いたのが午前0時。駅を横目に『まだ電車もある。タクシーだってある。90キロ頑張ったのだからもういいじゃないか!タクシーで青梅駅まで行っても誰も見ていないから完走したことにできる!』 と心の中の悪魔がささやく。乗ってしまおう!早く帰り着きたい!と何度も思った。しかし・・・ここでタクシーに乗ってしまったら、たぶん一生後悔する!完走できたの?と聞かれるたびに嘘をつくことになるから、とにかく足を引きずっても完走だ!と思い直し駅を横目に再び前進、青梅駅を目指した。
あと10キロと言っても今の歩きでは2時間半はかかる。意を決して走りはじめたが、皮肉なことにすぐに上り坂、最後の山越えが待っていた! 上り坂は午前1:30まで延々と続いた。下り坂に転じる辺りで空腹に襲われ、リックに入っていた非常食をすべて平らげた。下り始めて約1時間、やっと青梅市街が見えてきた。駅まであと1キロくらいの交差点で、午前2時を過ぎているのに、大会関係者の方が「あと1キロ、頑張って!」と足にサロンパスのスプレーをかけてくれた。「駅には誰もいないかもしれないので、駅に着いたら宿で待機している関係者に電話をかけタイムを報告するべし!」と言われていたので、出迎えてくれたことがとても嬉しく、スプレーの爽快感は筋肉よりも心に沁み入った。午前2時49分(スタート後22時間49分)やっとの思いで青梅駅に到着。無事完走することができた。駅で出迎えてくれた方からいただいたビールが超美味かった!!

 

マラソン後記
正直のところ今回は遊びでエントリーした。だめならさっさとリタイアしようと思っていたが、これも性分か・・・40キロを過ぎたころから「ここまで来たらやるっきゃないだろ!」との思いで走歩し続けたが、やればできるということを実感した。フルマラソンを完走した時は足の痛みや腫れはほとんどなかったが、さすがに今回はハードだった。足は腫れて靴底を地面について歩くことができない。大会終了4日後にやっと人並みに歩けるようになった。200キロマラソンに挑戦してみては?とお誘いも受けるが、もっともっと精進しないと完走できないことを痛感した。