社長(増田)がジャンルにとらわれず不定期に更新していきます

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社長の独り言

御嶽山の奇跡

2015年8月

 先日毎年恒例の御嶽山参りに行った。噴火の影響でまだ登山できないことは承知していたが、七合目の大滝口辺りから手を合わせるつもりで出かけた。まずは噴火で落命された多くの方々のご冥福をお祈りしたかった。
いつもなら頂上奥社でお札をいただき、我が先祖が江戸後期にご奉納した白河権現像のご神体を前にご祈祷をお願いするのだが、今年はお山の近くの御嶽神社(御嶽山にはいくつもの御嶽神社がある)でお祓いをしていただこうと思っていた。しかし、昨年のニュースで頭部のないご神体の映像を見たときは、流石にショックだった。たぶん噴石が頭部を直撃したのだろう。そもそもあのご神体だが、頭部は170余年前のもので胴体部は戦後復元され首の部分で接合されたものだった。その理由は、戦時中「金属の供出」を求められた折りにご神体も持ち去られるところを、当時の村長さんが「せめて頭部だけでも!」と切り離し隠してくれたと伝え聞いている。正に九死に一生を得たご神体であったが、その頭部が無くなってしまったのだから我が家としては一大事なのだ。

 大滝村のGSで給油した際、ご神体の頭部について何かご存じないかと尋ねてみたが、「まだ行方不明者がいる段階だから頭部の捜索は後回しだろう」と言われた。当然だと思った。また、この辺りでご祈祷をお願いできる神社があるかを尋ねたところ、山の中腹にも麓にもいくつもあることを確認。もともと七合目でお願いしようと思っていたのだが、何となく近場の神社が気になり行ってみた。そこにも三つの社があったが、引き寄せられるように一番手前の小さなところに行きご祈祷をお願いした。お札をいただく際、「増幸産業さんは御嶽山と何かかかわりがあるのですか?」と神主さんからお尋ねいただいたので、「実は江戸の後期に大砲を作っていた我が先祖が、ご神体である白河権現像をご奉納したのです。しかし昨年のニュースで頭部が無くなった映像を見て大変ショックでした」と申し上げると「ありますよ」と一言。お言葉の意味が分からず、「ありますよって、何がですか?」とお聞きすると「ご神体の頭部です。噴火直後に入山した捜索隊の方が偶然見つけて持ち帰ってくれました。ご覧になりますか?」・・・言葉を失うとは正にこのことだった。神主さんもまだ見ていないとおっしゃっていた布に包まれた頭部を、我が手で包みから取り出し、お顔に直接触れることができた。40年以上御嶽山詣でを続けてきたが、ご神体ゆえに祭壇に上がることさえ許されなかったのに、そのお顔を私の手に抱くことができた。無上の喜びを感じたと同時に、“私を待っていてくれたのだ”と強く感じた。思いあがった感想かもしれないが、本当にそう思った。頭部の写真をここに載せたいのは山々だが、痛々しいお顔をつまびらかにすることは私にはできないので、下手な絵で恐縮だが示してみたい。
実を申せば、昨年の噴火当日私たちは社員旅行で関門海峡にいた。長州藩の鋳物師が作った大砲を見ることが目的だったが、その旅行先を決めるに際し、御嶽山も候補に上がっていて二者択一だったことは昨年9月の記事にも書いた。噴火のことを知った時、正にご先祖さまが守ってくれたのだと強く感じたことを今も覚えている。
御嶽山の登山がいつ再開できるか現時点では分からないが、願わくば早期の再開を願うばかりだ。また、不幸にも山頂でお亡くなりになった方々のご冥福を心よりお祈り申し上げる次第です。


在りし日のご神体1
目が純金のするどい眼光

在りし日のご神体2

頭部のないご神体

後頭部は噴石により大きく欠落が見られる。

顔面は二つに割れたが、
合わせるとピタリと合う。欠落はない。